| 1976年、ラグビー部創部 |
| 日本IBMラグビー部は1976年に創部され、関東社会人リーグ3部から歴史はスタートしました。強化スポーツとして社内で認定された89年に2部に初めて昇格、92年には1部に昇格し、当時の最高峰リーグである東日本社会人リーグまで後一歩というところまで到達しました。その後1994年に1部で初優勝、東日本との入替戦に初めて挑みますが結果は惨敗。99年にも2度目となる入替戦出でしたが念願のトップステージ昇格は果たせませんでした。 |
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| 未知への挑戦を決意し生まれ変わった「BBB」 |
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2000年、日本のトップチームを目指し新たなるチャレンジが始まりました。それは企業と一体化した新しいスポーツへの提言でもありました。 IBMという企業、そしてチームのメンバーである事の誇りを持つため、アメリカ本土におけるIBMという企業の愛称である「BIG BLUE」をアイデンティティとし、新たにチーム名を日本IBMラグビーフットボールクラブ「IBM BIG BLUE」と改名致しました。IBMのB、BIGのB、BLUEのBを集約し「BBB」 |
| をチーム呼称とし、25年の伝統を基盤にした新たなるチャレンジを誓いました。 同年、関東社会人リーグ1部でブロック全勝優勝を飾り、努力と共に著しい成長を証明することができました。しかし、念願である東日本リーグ昇格をかけたチャレンジリーグでは上位2チームに入ることができず、総合力の差に涙をのむ結果となりました。 そして、2001年。関東社会人リーグ1部を2年連続全勝で終え、念願である東日本リーグ昇格を果たしました。チャレンジリーグでは三洋電機に一敗はしたものの、前年度とは比較にならない安定感でチーム力の向上を証明する結果となりました。 |
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| 初の東日本リーグで全敗ながらも長期目標に対しては着実に進歩 |
| 2002年、BBBにとって新たな歴史のスタートでした。長年の目標であった日本のトップカテゴリーである東日本リーグに初参戦。夢を実現できるステージを与えられた我々は、決意を新たにし、より内面的な部分に視線を向け、より一層揺るぎのないチームへの進化をめざしました。 チームアイデンティティにおいても、IBM BIG BLUE ”BBB”をブレイクダウンしIBM BIG BLUE BEAT ”BBB”と変更致しました。 |
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| ビートの意味は心臓の鼓動であり、またすべての音の根源でもあります。人間であることのすばらしさを感じ、また響きあう我々”BBB”の本質に向き合わなければならないう時期が来たという実感でもあります。 2002年度の試合結果は7戦全敗の最下位。この年の結果で2003年に新たに新設される日本リーグの参加12チームが決められることになっていたため、日本IBMは2003年度のトップリーグへの参加権を得る事ができませんでした。しかし、「2005年日本一」という長期目標に対してのプランは着実に進んでおり、当初設定していたチーム力を上回る力をつけることができており、様々な面で大きな財産を得たシーズンでありました。 |
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| Big Dream , Begins from 2004 |
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2003年は、トップリーグの下部リーグであるトップイースト10での闘いとなりました。この年は、2005年日本一になるためのベースとなる個人能力を磨くことに重点を置きました。リーグでは9戦全勝で、トップリーグの昇格枠2つを争う「トップリーグチャレンジ」に進出し、トヨタ自動車とともに04年度からのトップリーグ昇格を決めました。 そして、いよいよ2004年。トップリーグへ参戦です。 |
| 1試合1試合に一喜一憂するのではなく、日本一を常に争える「本当の力」を持ったチームに向けて、止まることなく日々一歩一歩前進していくシーズンにしたいと思っています。 メンバーの一人ひとりが強いBEATを打てるよう鍛錬を繰り返し、仲間のBEATを感じて響き合い美しいハーモニーを奏でるようなチーム、そして観る人が我々のBEATを感じてスタジアムで共に闘い楽しんでもらえるー。 「BIG BLUEのBEAT」が日本で最も強く、最も魅力的だと、一日でも早く多くの方々に感じてもらえるように、そして一人でも多くの人々にラグビーの本質、スポーツの本質が伝えられるチームをめざして、BBBはチャレンジを続けます。 |
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| 日本IBMラグビー部 歴史 |
| 1976年度 |
創部
関東社会人3部リーグ (3位: 3勝2敗) |
| 1989年度 |
野洲(滋賀県)野球部・アメリカンフットボール部とともに 会社の強化スポーツに認定
関東社会人3部リーグ優勝
入替戦で東急ストアに勝利し2部昇格 |
| 1992年度 |
関東社会人2部リーグ優勝
入替戦で栗田工業に勝利し1部昇格 |
| 1994年度 |
関東社会人1部リーグ優勝
入替戦で東京ガスに敗退 |
| 1998年度 |
監督に洞口孝治氏就任 (1999年6月逝去)
関東社会人1部Aリーグ6位 (2勝5敗) |
| 1999年度 |
関東社会人1部Aリーグ2位 (5勝1敗1分)
全国社会人大会代表決定戦で三洋電機に敗退 (24-74)
東日本社会人入替戦で新日鉄釜石に敗退 (12-30) |
| 2000年度 |
ヘッドコーチに大西一平氏就任
関東社会人1部リーグB優勝 (7戦全勝)
社会人大会代表決定戦でリコーに敗退(15−43)
チャレンジリーグ0勝4敗(明治生命戦は双方の業務事情により行わず) |
| 2001年度 |
関東社会人1部リーグB優勝(7戦全勝)
チャレンジリーグ出場決定戦で栗田工業に勝利(50−28)
チャレンジリーグ4勝1敗、2位。東日本社会人リーグ昇格 |
| 2002年度 |
東日本社会人リーグ7戦全敗 |
| 2003年度 |
イースト10リーグ 優勝(9戦全勝)
トップリーグチャレンジで九州電力に勝利(42−27)
トップリーグチャレンジ1勝1敗、2位。トップリーグ昇格
第41回日本ラグビーフットボール選手権大会初出場
3回戦豊田自動織機に勝利(50−14) 4回戦クボタスピアーズに敗退(14−32) |
| 2004年度 |
トップリーグ12位 (1勝10敗) |
| 2005年度 |
第47回YCACセブンスで初優勝
トップイーストリーグ10 優勝(9戦全勝)
トップチャレンジ1勝1敗 2位。トップリーグ昇格 |
| 2006年度 |
トップリーグ12位(2勝9敗2分) |
| 2007年度 |
トップリーグ11位(3勝10敗) |
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